気づきのブログ

本や気づいたことを書き留めております。

このブログ、そしてtwitterを終わります。

自分の幸せについてはとうの昔に決着はついていたのだが、ある日にいろいろな探求や悩みもなくなってしまった。 と同時に森羅万象、この世の一切のものに悲哀するようになった。そして仏教(宗教)、禅、思想にも関心がなくなった。 そんなわけで、twitterのア…

提唱集⑱

自分の真相に気が付いて見ると、色んなことがはっきりしてきますから、こういうようなものも残されるのだけれども、例え気が付いても、こうやって眺めることをあまりしない方がいい 。自分の内容を人に説こうと思うと言語を漁るようになるから、できるだけそ…

LINEでの会話を転載しました。

悟りというものは現在不満足があるから存在するものだとつくづく痛感しました。いわば病人が健康の存在を考えるようなものかなと。現在、いやこの瞬間に満足できる人ならば悟りというものは存在しないです。これが心底徹底できると不満足も満足もなくなりま…

無題。

正直に言うとある時を境に悟りとかなくなった。 「なんだよ、いまのままでいいんじゃん。完璧じゃん」って一人で大笑いした。 そっから求めるものや欲しいものがなくなった。 だから悟りとかもなくなったのかもね。

女性蔑視と観音信仰

www.afpbb.comなんとも言葉が出ないニュースなのだが、日本でも昔はお世継ぎを考えて男児の出産が好まれていたような。姫君に男児が授かると殿が「でかした!」というあれだ。 さてこのニュースの一報を聞いて、観世音菩薩を思い出した。観世音菩薩は男性で…

正しく坐る。

坐禅で一番大事なことは正しく坐禅できているのかにつきる。正しく坐れていないのであれば形だけの坐禅に他ならないわけで、ただ坐ってむやみに時間を過ごしていることにもなるだろう。 正しく坐禅できているのか否かは正師を探し、見てもらう必要がある。人…

提唱集⑰

「この法は、人々の分上にゆたかにそなわれりといえども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし」(道元 弁道話より) こうだと言って決めるようなものは一切ないですよ。ないんだけど、今のところは「パンッ(机を叩く)」、間違いなく…

提唱集⑯

能は境に随って滅し、境は能を逐うて沈す。 いかにも、こっちの考え方によって、そういうことが行われているかというと、そうじゃないんです。 人間の考え方、心の用い方ではなくて、必然なんです。このもの自体ですよ。この五官自体としての必然性を見ます…

提唱集⑮

万法ともに我にあらざる時節がないと、そういうこと(まどいなく、さとりなく、諸仏なく、衆生なく、生なく、滅なし)にならない。 万法ともに我にあらざる時節ということはですね、ここに私がいてですよ、ここにお互い自分というものを認めていて、そうしなが…

提唱集⑭

「そうなれるかなれないか、わからない」じゃないんです。なった人が大勢いらっしゃる。だから、教えにしたがって祗管打坐、あるいは公案功夫を熱心に根気よくつとめていけば、必ず、「古人(昔の人)は嘘をついていなかった」ということを、自分自身で實證をする…

提唱集⑬

「そうじゃない」老師(井上義衍老師)が云った、「無始劫来だろうが妄想観念、そりゃどんないいこともです、ぽっと出ぽっと消えるだけだ、その念起こるところへとっつかまってしなけりゃいい、ひっこぬいた雑草は石の上へ置けです、ただそれっきり」 原因結果を究…

自己顕示欲。

今年は明治維新150年。NHKの大河ドラマもそれに呼応して林真理子原作「西郷どん」放映。大河ドラマに西郷隆盛(以下、西郷)ものは西田敏行の「翔ぶが如く」以来である。 その南洲翁(西郷)だが、面白いことになぜか遺影がない。なぜ遺影がないのかだが…

人の本性は行動できまる

在家いや日本国民いや仏教国民必携の書と言えば、原始仏典でも最古層に君臨するダンマパダとスッタニパータだろう。 もう何十年と読んでいるが、いまでも月に一、二回は目を通している。十年前は意味がわからなかったことが今頃になって「このことだったのか…

提唱録⑫

取り上げてみてこれはどうしたらいいですかと聞いてくる。これは天然なのか、意が動いているのかって。と、いうことはもう取り上げてひねくっているということでしょう。だから明確だからそれをやっちゃいけないんだ。取り上げなくて勝手に動いているだけで…

脱童貞者の境地

去年の年末、仏教書、禅書の類いを処分した。手元に残ってるのは老師の提唱録とアーチャン・チャーの法話集のみ。禅書は禅友のみなさんにドナドナしたが、仏教書の類いは実家の倉庫の肥やしとなった。 平日は仕事から帰って坐禅、風呂、飯、洗濯をしてさっさ…

提唱録⑪

私たちは、いつもまじりっけがないところに生活(坐禅)をしているのですから、まじりっけをつくるのは自我に迷執するためです。 「これでいいのかな」「悟りというのは、どんなものだろうか」と、本来きれいなもののなかに、みずから「自分」というゴミやアカをつけ…

提唱録⑩

‪目前無物、無物宛然。‬‪不労智鑑、禮自虚玄。‬‪・目前物無く、物無うして宛然、智鑑を労せずして、禮自ずから虚玄。‬‪なんにもないというと白紙状態を思い浮かべるでしょう、そうじゃないんです、なんにもないとは体自虚玄、自分がないんです、虚玄とは宇宙…

提唱録⑨

私たちは、自分を悩ましたり困らせているのは、何か自分以外のものから縁をあたえられて、それによって腹を立てたり、感情の起伏が激しくなっているとしか考えられませんけど、実はそういうものは全部私自身がつくっているということです(因果一如)。したが…

マスターヨーダ?

スターウォーズを知らない方は少ないと思うが、ジェダイにせよシスにせよ、その教えというのは一対一で相承される。クワイ=ガン→オビワン→アナキンのように。禅も然りで、こちらも一対一で師資相承される。老師は弟子のレベルに応じて、対機説法し、そして事…

提唱録⑧

禅の修行生活の基本はまず坐ることです。「坐禅をする」といういい方が一般的ですが、私は「坐に親しむ」という言葉を好んでいます。今、住職してる寺では、朝二時間と夜二時間の坐禅をしています。坐禅の場は誰にでも開かれてます。毎朝休まずに通っておられる…

提唱集⑦

どうしてもはじめは、妄想めったらやたらです。どうにかしようとて、妄想の交通整理やってます、でもってうまく行く行かぬという、そういうことしないんです。でたらめなんでもありありがいい。 たいてい自分を眺め暮らす、だめです。 身心の失せる時節があ…

提唱集⑥

私たちは認識をおこすことによって自分を人と思い、他を人と思い、自他の区別をつける。自他の隔たりをもつわけです。 安心・不安というのも同じことです。自分と他という隔たりをつけるから不安がおきる。自分と他の距離がなくなることを安心(あんじん)とい…

提唱集⑤

意識はぽっと出ぽっと消える、一秒二秒もないんです、それに栄養を与えるからわいわいもんもんです、一日悩まされノイローゼやるんです、ひいては心身症ですか、ぽっと出ぽっと消えるままにしときゃいい。 無心とはこれです、忘我ということはありますが、心…

質疑録⑤

前回の続き 老師:それが、すぐに「きれいだ」という一念があると、すぐ私したい。いいものはみんな自分のものにしたい。悪いものはみんな他人のものにしたい(笑)。人間大体そうでしょう。 そういう迷いがだんだん起きてくるんです。それですから、初一念という…

質疑録④

問:美しい女性を見たと仮定して、それがきれいだというだけではなく、きれいだから触れてみたいとか、おいしそうだから食べてみたいとか、一番初歩的な欲望は本来清浄なものだと思うのです。いわゆる(欲)というのではなく、人間の持つ本質的なものと思うので…

提唱集④

わかりやすく言えば、良いとか悪いとかの見方がそっくりそのまま外れていることさえ自分ではっきりできたらいい。(思いを)取り上げる、取り上げたら必ずどちらかの見方が必ずついてくる、起きるということ、すぐに。取り上げたということはそういうこと。…

質疑録③

問:あの、思いがですね、六官の一つに入っているということがありますね。この前、ご老師のお話なさったテープを聞いた時、思いが出てもそれが真実とおっしゃっていましたが… 老師:そう。想いが出たということが真実で、それはいいんです。ところが、それを…

提唱集③

人とものとの関係において、いちいち、ものが現れ、現れては消え、消えては現れる。その様子が分かる。人間の従来の考え方を持って自分を守っておるということは、それだけ道から離れておることなのです。 五感(眼、耳、鼻、舌、身)というものは正直なもので…

質疑録②

問:眼耳鼻舌身意の私(わたくし)と公(おおやけ)というところの差でございますか。ちょっとお話下さい。 老師:この眼耳鼻舌身意としてのこれを自分で認めるとこれを可愛がりたくなる。この私という道具を自分だと思って、これのためにあらゆる方法をもって可愛…

生きとし生けるものを救済せよ

だいやめは坐禅や瞑想ばかり書きやがって密教は書かないのかと誰も思ってはいないと思うのだが、たまには密教ネタを。 仏教論書の世界最高峰いわばエベレストは中論(ナーガルジュナ著)だろう。これに異論をはさむ方はいらっしゃらないかと思う。中論を思想的…