気づきのブログ

坐禅、瞑想、仏教について書いてました。H30年6月で当ブログ終了しました。今後は当時の手記のみ更新予定です。

提唱

提唱集⑱

自分の真相に気が付いて見ると、色んなことがはっきりしてきますから、こういうようなものも残されるのだけれども、例え気が付いても、こうやって眺めることをあまりしない方がいい 。自分の内容を人に説こうと思うと言語を漁るようになるから、できるだけそ…

提唱集⑰

「この法は、人々の分上にゆたかにそなわれりといえども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし」(道元 弁道話より) こうだと言って決めるようなものは一切ないですよ。ないんだけど、今のところは「パンッ(机を叩く)」、間違いなく…

提唱集⑯

能は境に随って滅し、境は能を逐うて沈す。 いかにも、こっちの考え方によって、そういうことが行われているかというと、そうじゃないんです。 人間の考え方、心の用い方ではなくて、必然なんです。このもの自体ですよ。この五官自体としての必然性を見ます…

提唱集⑮

万法ともに我にあらざる時節がないと、そういうこと(まどいなく、さとりなく、諸仏なく、衆生なく、生なく、滅なし)にならない。 万法ともに我にあらざる時節ということはですね、ここに私がいてですよ、ここにお互い自分というものを認めていて、そうしなが…

提唱集⑭

「そうなれるかなれないか、わからない」じゃないんです。なった人が大勢いらっしゃる。だから、教えにしたがって祗管打坐、あるいは公案功夫を熱心に根気よくつとめていけば、必ず、「古人(昔の人)は嘘をついていなかった」ということを、自分自身で實證をする…

提唱集⑬

「そうじゃない」老師(井上義衍老師)が云った、「無始劫来だろうが妄想観念、そりゃどんないいこともです、ぽっと出ぽっと消えるだけだ、その念起こるところへとっつかまってしなけりゃいい、ひっこぬいた雑草は石の上へ置けです、ただそれっきり」 原因結果を究…

提唱録⑫

取り上げてみてこれはどうしたらいいですかと聞いてくる。これは天然なのか、意が動いているのかって。と、いうことはもう取り上げてひねくっているということでしょう。だから明確だからそれをやっちゃいけないんだ。取り上げなくて勝手に動いているだけで…

提唱録⑪

私たちは、いつもまじりっけがないところに生活(坐禅)をしているのですから、まじりっけをつくるのは自我に迷執するためです。 「これでいいのかな」「悟りというのは、どんなものだろうか」と、本来きれいなもののなかに、みずから「自分」というゴミやアカをつけ…

提唱録⑩

‪目前無物、無物宛然。‬‪不労智鑑、禮自虚玄。‬‪・目前物無く、物無うして宛然、智鑑を労せずして、禮自ずから虚玄。‬‪なんにもないというと白紙状態を思い浮かべるでしょう、そうじゃないんです、なんにもないとは体自虚玄、自分がないんです、虚玄とは宇宙…

提唱録⑨

私たちは、自分を悩ましたり困らせているのは、何か自分以外のものから縁をあたえられて、それによって腹を立てたり、感情の起伏が激しくなっているとしか考えられませんけど、実はそういうものは全部私自身がつくっているということです(因果一如)。したが…

提唱録⑧

禅の修行生活の基本はまず坐ることです。「坐禅をする」といういい方が一般的ですが、私は「坐に親しむ」という言葉を好んでいます。今、住職してる寺では、朝二時間と夜二時間の坐禅をしています。坐禅の場は誰にでも開かれてます。毎朝休まずに通っておられる…

提唱集⑦

どうしてもはじめは、妄想めったらやたらです。どうにかしようとて、妄想の交通整理やってます、でもってうまく行く行かぬという、そういうことしないんです。でたらめなんでもありありがいい。 たいてい自分を眺め暮らす、だめです。 身心の失せる時節があ…

提唱集⑥

私たちは認識をおこすことによって自分を人と思い、他を人と思い、自他の区別をつける。自他の隔たりをもつわけです。 安心・不安というのも同じことです。自分と他という隔たりをつけるから不安がおきる。自分と他の距離がなくなることを安心(あんじん)とい…

提唱集⑤

意識はぽっと出ぽっと消える、一秒二秒もないんです、それに栄養を与えるからわいわいもんもんです、一日悩まされノイローゼやるんです、ひいては心身症ですか、ぽっと出ぽっと消えるままにしときゃいい。 無心とはこれです、忘我ということはありますが、心…

提唱集④

わかりやすく言えば、良いとか悪いとかの見方がそっくりそのまま外れていることさえ自分ではっきりできたらいい。(思いを)取り上げる、取り上げたら必ずどちらかの見方が必ずついてくる、起きるということ、すぐに。取り上げたということはそういうこと。…

提唱集③

人とものとの関係において、いちいち、ものが現れ、現れては消え、消えては現れる。その様子が分かる。人間の従来の考え方を持って自分を守っておるということは、それだけ道から離れておることなのです。 五感(眼、耳、鼻、舌、身)というものは正直なもので…

提唱集②

身体からは欲が湧いて来ます。それを頭で考え出すと,「もっともっと」と云う煩悩に成ります。欲を頭に上げず,湧いた儘にしている,それが「命」本来の在り方=菩提です。欲を,頭で我慢するでなく,頭で減らすでなく,唯湧いた儘にしている。此処が仏道修行…

提唱集①

「汝但だ心に任せて自在なれ」 心に任せてと云うことを間違いますと人の心意識としての心に任せる様に考え易い。ここで一般には本能的なと云いたい所でしょうが、本能的なと云うこと、この人を自分が認めたものを土台として、そしてそれを凡ての人間としての道…