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おめでとうございます!

般若経と言えば般若心経。
般若心経と言えば「空」。
その「空」が出てこない般若経がある。
金剛般若経&善勇猛般若経である。

 

金剛般若経は結構メジャー(と言っても在家にはマイナー)なのだが、それの上位互換版の善勇猛般若経はほぼマイナーな経典だった…

 

が、評論家で仏教「者」である宮崎哲弥氏が「無人島に持って行きたい本」と言わしめたことで、一気に脚光を浴びる。


内容は非常に硬派。
「空」という言葉を用いずにこれでもかと言うほどにありとあらゆる事象を解体し、「空」を説いていく。

~それゆえに、『あらゆるもの(法)は、仏陀の本質(法)である』と、如来は説くのである。なぜならば、スブーティよ、あらゆるもの(法)というのは、法ではないと、如来は説いた。だから、『あらゆる法は、仏陀の法である』といわれるのである(金剛般若経)~
とまあこんな調子だ。

 

”AはAでない。よってAである。”
という、一見「お前は何を言ってるのだ?」と言いたくなるような論理形式がこれでもかというほど繰り返される。

 

しかし、単調な言葉の繰り返しだけではない。
~この智恵の完成の説法が手にとどくほどの者であれば、彼らは善根を植え、良い意図を持ち、世尊たちのもとでなすべきことをなし、悟りを得るために仏の種子を植え、仏の道を進み、世尊たちに親しみ近づいて、根元から問いを発した者であろう。(善勇猛般若経)~

つまりこの経典を手にしたものは選ばれし者ということでもある。


なぜならば、
~実にこの経典は、善根の熟していないものには、耳に達することさえない。(善勇猛般若経)~
なのだから。


この本を手にしたあなた!
おめでとうございます!
あなたは菩薩だったのです!