テーラワーダ編その①

第二回 だいやめ座右の書的一冊

今回はテーラワーダ編。
大好きなアーチャン・チャー師から。

 

まずは大ヒット作。

[増補版]手放す生き方・サンガ出版

この本を読まれた方はとにかく多いと思う。
翻訳はミャンマーでの瞑想修行の経験をお持ちの星飛雄馬氏。
一時期、アマゾンでは在庫切れが続いた。

 

読んで驚いたのはやたら"空"という単語が出てくるところ。苦、無常、無我を説くものと思いきや…だ。
思想的というかアーチャン・チャー師の境地では"空"が一番適切なのかも知れない。”手放す生き方”だが、なんとも手放せない一冊になるだろう。

 

そして、続編がこちら。

無常の教え・サンガ出版

翻訳は前作と同様、星飛雄馬氏。
内容は前作よりも高度なものとなる。

 

40の短編法話集になっており、それを六つの章にカテゴリー分けしている(無常、苦、無我、瞑想など)。
一日一法話読むもよし、瞑想する前に読むのもいいだろう。

 

ダンマが少しずつ理解されてくると、世俗との考え方や価値観のギャップが拡がってくるのは否めない。その時に在家僧の説法や本を読んでも腑に落ちるものがほとんどなくなってくると思うのだがいかがだろうか(本物の方の説法が聞きたいものだが、そんな方は表舞台には出てこないものだ)。

そんな時にこのような"眼のある人"の法話はとてもありがたく、さらに修行を邁進させる起爆剤にもなるし、気づきも多いと思う。


ちなみにアーチャン・チャー老師は"常ならず"が口癖だったそうだ。
お弟子さんはこの言葉しか言わない師に辟易していたようだが、やはりダンマはこの言葉に尽きる。無常と観ない(正見)から苦しむのであって、親が子供に大事なことを口うるさく言うそれと同じなのだ。
釈尊も原始仏典で何度も説かれている。
”「一切の形成されたものは無常である」と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。”
(ダンマパダ277 中村元訳)


訳者は前作同様、星飛雄馬氏が担当。
星氏の翻訳は解っていらっしゃるだけにたびたび膝を打つことうけあいだ。

この本のサブタイトルは"苦しみの終焉"である。
なんと希望に満ちた言葉だろうか…
少なくとも苦しみの"軽減"につながる一冊である。

 

アチャン・チャー法話集・第一巻~戒律~・サンガ出版

戒・定・慧の三部作となる予定の第一弾。
翻訳は優しい口調で定評のある出村佳子氏。

出村氏の翻訳はとても自然で、アチャン・チャー師の説法が真綿に水が染み込む如く…心に届く。

続巻が待たれるが、現時点で発売予定のアナウンスは…ない。

 

総じてだが、アーチャン・チャー師の本は瞑想のテクニカルな部分に関しての言及はほとんどない。修行においての瞑想の捉え方、立ち位置についてだけ言及している。

われわれのライフスタイルは修行僧と違う。瞑想漬けではないわけで、瞑想(坐って)しない時間のウエイトが大半を占める。

アーチャン・チャー師の説法は瞑想(坐って)をしない時間の瞑想、いわば日常生活時においての気づき(ヴィパッサナー)を主に説かれている。

我々の生活に生かしやすい説法だと思う。