気づきのブログ

坐禅、瞑想、仏教について書いてました。H30年6月で当ブログ終了しました。今後は当時の手記のみ更新予定です。

嗚呼、チャン・チャー

だいやめはアーチャン・チャーびいきだねとはよく言われる。twitterのタイムラインにはチャー師のbotのRTが多いし(^^;
今回はなぜ私がチャー師を推すのかを書いてみたい(坐右の書第三弾はアーチャン・チャー)。

 

理由その①
テーラワーダのみならず、大乗の方でも読める点。

 

チャー師の著作を読むと実に大乗臭い表現がいっぱい見られる。
例えば、
”心というものは、雨水のように、自然な状態では透明で清らかなものです。しかし、その雨水に緑の色素を落とすと、それは緑色に変わります。黄色の色素を落とすと、黄色に変わります。
心も、この水と同じように反応します。心に楽しいという印象が入ると、心は楽しくなり、不快という印象が入ると、不快になります。”
(アチャン・チャー法話集第二巻より 出村佳子訳)

 

これを読んで中国禅宗の故事を思い出した。
馬祖道一という修行僧がいた。彼は南岳懐譲老師の指導の元、修行していた。
ある日、老師は弟子の馬祖にたずねた。

老師:お前はなぜ坐禅をするのだ?
弟子:仏陀になるためです。
老師はそれを聞くやいなや、地面に落ちていた瓦を見つけ、弟子の前で磨き始めた。

驚いた弟子は、
弟子:老師、何をなされているのですか?
老師:瓦を磨いて鏡にするのだ。
弟子はそれを見てハッとしたという…
有名な「南岳磨瓦」の説話である。

「我々の心は汚れている→仏道で綺麗にしなければならない。」
twitterをすると心が汚れる」などなどこういう論理は仏教クラスターで散見される。
そして厭世的になり、隠居まがいに社会から断交し、心が汚れる元(縁)を断ったとしても、それは一時的なものであり、社会に復帰すると息を吹き返すだけだと思うのだが…。

チャー師の法話を読めばわかるように、そもそも心は清浄なものであり、縁が生じて変化しているだけに過ぎない…と言えるわけだ。

 

他にも、
仏陀は「空を理解する者を、死王は追うことができない」と言った。空を理解したとき、死は私たちに影響を及ぼすことはできない。なぜなら、そのとき「私たち」というものは存在しないから。
”(無常の教え 星飛雄馬訳)

とか

ヴィパッサナー瞑想を実践しているときに、極めて喜びに満ちた静寂な感覚が生じても、それらに執着してはいけません。この心の静謐さは大変心地よいものではありますが、私たちはこれすらも無常・苦・空であると気づかなければならないのです。”
(手放す生き方 星飛雄馬訳)

 

とまあ大乗の登録商標でもある空って単語が、これでもかと出てくる。
そういえば釈尊も、

”つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死を乗り越えることができるであろう。このように世界を観ずる人を、(死の王は)見ることができない。
”(スッタニパータ 中村元訳)

と空を説いてたよな。
(注:文中の空の定義は時代、訳者によりけりであり詳細な定義考察は割愛します)。

 

ところで、上座仏圏で瞑想指導者を禅師と呼ぶ(翻訳)のは中国圏からの影響が強いらしい。そして一番最初に禅師と呼ばれた人物がアーチャン・チャーとのことだ(要調査)。チャー師のような聖人の域になると極めて禅者ぽくなるのではとつくづく思わせる。

余談だが、預流果、一来果者は分別が落ちてないが故にヴィパッサナーの対象をとらえているわけだが(対象が確認される=分別)、不還果者や阿羅漢の域になるとヴィパッサナーに無分別智が加わる。そうなるとヴィパッサナーは極めて禅(祗管)に近くなり、ヴィパッサナーの祗管(打坐)状態になるのではないだろうか。

 

と、駆け足でまとめてみたが、チャー師の著作はつくづく大乗臭いのがお解りになっただろうか。そんなわけで、大乗な方にもお勧めであるし、もちろんテーラワーダの瞑想メソッドに励んでいる方にも当然お勧めである。(歴史的にもタイ仏教はベトナム仏教の影響を受けているので、そのせいかも知れません)

おまけ:こういう法話もあります↓。

どうしたら死に見つからないか

 

理由その②

翻訳が素晴らしい。
手放す生き方と無常の教えの二冊の翻訳は星飛雄馬氏。
またアチャン・チャー法話集の二冊の翻訳は出村佳子氏。

両者ともそれぞれ翻訳の味があり、もし叶うのであれば手放す生き方と無常の教えの出村佳子氏訳、アチャン・チャー法話集二冊の星飛雄馬氏訳というのを読みたいものである。

 

その前にすべて文庫化して欲しいな。

 

[増補版]手放す生き方【サンガ文庫】

[増補版]手放す生き方【サンガ文庫】

 

 

無常の教え

無常の教え

 

 

アチャン・チャー法話集―第一巻 戒律―

アチャン・チャー法話集―第一巻 戒律―

 

 

アチャン・チャー法話集 第二巻 マインドフルネスの原点

アチャン・チャー法話集 第二巻 マインドフルネスの原点