気づきのブログ

坐禅、瞑想、仏教について書いてました。H30年6月で当ブログ終了しました。今後は当時の手記のみ更新予定です。

質疑録②

問:眼耳鼻舌身意の私(わたくし)と公(おおやけ)というところの差でございますか。ちょっとお話下さい。

老師:この眼耳鼻舌身意としてのこれを自分で認めるとこれを可愛がりたくなる。この私という道具を自分だと思って、これのためにあらゆる方法をもって可愛がろうとする。それが迷いである。なぜかというと、この道具は初めから知らんのに出来てた。自分ということすら知らん。そういうように公に出来たものを途中で、物心ついた時点において私のものという感じがした。その感じにだまされて行動を始める、これが迷いです(衍)。