気づきのブログ

坐禅、瞑想、仏教について書いてました。H30年6月で当ブログ終了しました。今後は当時の手記のみ更新予定です。

提唱録⑨

私たちは、自分を悩ましたり困らせているのは、何か自分以外のものから縁をあたえられて、それによって腹を立てたり、感情の起伏が激しくなっているとしか考えられませんけど、実はそういうものは全部私自身がつくっているということです(因果一如)。したがって、「私自身」が自分の問題として解決しない限りは、絶対に怒りの心や、善悪の心がなくなるものではありません。自分で認めて、認めたものによって自分がさまざまの感情をおこしているということを、参禅によって自分自身で見極めていく必要がある。そうでないと、安心(あんじん)はありえません。このように、不安の材料は全部自分でつくってるというのが、ここでいう「霊源明に皓潔たり、支派暗に流注す」ということです。
よく申し上げる、
「すべてはワンマンショーをしている」
というのは、そういうことです。私と私以外のものを別にしてみますと、仏道の道になりません。一般に、「柳は緑、花は紅」という言葉がありますが、柳が緑になる以前、花が紅になる以前の状態が必ずあるということ。そういうことを知っていただきませんと、「霊源=平等」「支流=差別」ということが、なかなか捉えにくくなってまいります(原田雪渓老師 参同契普説提唱より)。

 

参同契普説―The・禅 Part 2

参同契普説―The・禅 Part 2