脱童貞者の境地
去年の年末、仏教書、禅書の類いを処分した。手元に残ってるのは老師の提唱録とアーチャン・チャーの法話集のみ。禅書は禅友のみなさんにドナドナしたが、仏教書の類いは実家の倉庫の肥やしとなった。
平日は仕事から帰って坐禅、風呂、飯、洗濯をしてさっさと寝る。テレビを見ることもなく、アマゾンプライムのビデオを見ることもなくなった。さっさと寝てそして朝坐る…そんな毎日だ。
さてそんな中、古本屋を久しぶりにのぞくと板橋興宗禅師(以降、板橋禅師)の著作が目に留まった。最初はパラパラと立ち読みだったが、これが実に面白い。板橋禅師はご存じの通り、井上義衍老師の元で研鑽を積んだ(同時期の修行仲間で原田雪渓老師もいらっしゃる)。よって坐禅の方向性はいわゆる井上禅を踏襲されている。
当時の修行時代の思い出をこう語っている。
”私は仙台の輪王寺時代にも公案に参じていたし、出家して總持寺の修行僧になってからも、渡辺玄宗禅師の公案に参じていました。ですから、井上義衍老師から握りこぶしを示されたときも、もちろん、答えのすじを知ってました。ところが、井上老師との初対面の問答は、これまでのものとはまったく違っていた。「コレ、なんですか」と拳骨をつき出されて、私はグーの音も出なかったのです。理屈だけで悟りを理解しようとしていた鼻をへし折られたのです。そこから流浪の八年間が始まりました。
本山の修行道場では目にしたことがない井上老師の解脱した圧倒的な存在感と、無重力のような仏法に参ってしまった私は、坐禅の修行を究めたいがために、本山を正式に退籍し、静岡県の浜松へ行きました。それからは、電気もない小さなお堂などでランプ生活をしながら井上老師に参禅したのです。”(息身佛より)
現・臨済宗大本山円覚寺管長の横田南嶺師も井上義衍老師を初めてみた時に、「本物」と思ったそうで(サンガジャパン27号)。
私もそうだが、悟りや解脱の状態を論理的に説明できる方はゴマンといると思う。またそれを題材にした本は世間でも注目を浴びて結構売れている。だが、悟りの境地は悟者しかわからないわけで、我々や仏教学者がそのような話をすることは童貞が脱童貞者の境地を語るようなものだろう。
さて、坐禅中にどんなことが起こってるのかを脳生理学から説明?したのが「われ、ただ足るを知る」。脳生理学者の有田秀穂教授との対談本である。
”坐禅などをしてセロトニン神経が活性化されると、このアルツハイマーの経路が抑えられるのです。だから痴呆に近くなるわけです。よく、お坊さんは「大愚」だとか「ばかになる」と言いますね。それは、痴呆に近い状態に自分をもっていきながら、自己意識はちゃんとあるということだと思います。逆に言えば、意識はしっかりあるのに、覚醒のはたらきは抑えられている。ですから、みずからを無分別の状態に陥れていながら自己意識は確実に覚醒しているわけです。”(有田秀穂教授 われ、ただ足るを知るより)
そういえば、禅を題材にした推理小説「鉄鼠の檻」も坐っている禅僧の脳の状態に言及してたよな。
医学的な専門用語もなく、坐禅は何をしているのかが解る(医学的に)だろう。一読すると医学的な理解も深まるので、坐禅へのさらなる意欲につながるのではないだろうか。
とまあ、駆け足でご紹介したが、正師についてしっかり坐ることができてらっしゃる方には処世譚として読むのもいい。

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