気づきのブログ

本や気づいたことを書き留めております。

自己顕示欲。

今年は明治維新150年。NHK大河ドラマもそれに呼応して林真理子原作「西郷どん」放映。大河ドラマ西郷隆盛(以下、西郷)ものは西田敏行の「翔ぶが如く」以来である。

その南洲翁(西郷)だが、面白いことになぜか遺影がない。なぜ遺影がないのかだが、西郷はそもそも自己顕示欲がなかった。現在出回っているのはあくまでも肖像画なんだよな。

さて西郷が話していた言葉を書き留めていたものが南洲翁遺訓だが、これに以下のような言葉がある。
「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」
江戸城無血開城時、山岡鉄舟を称える時に用いた有名な言葉だが、そういう西郷本人もまんま「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人」に他ならない。

明治維新後、西郷は薩摩にさっさと帰郷した。薩摩にいる間も地方で畑を耕し、猟をする清貧生活を送っている。いわゆる隠遁癖ってヤツだ。西郷の人格形成に何が影響しているかを考えるときに禅の影響がかなり強いように思える。
そういえば道元禅師も「道は貧なり「と仰っていたな。

西郷隆盛が、征韓問題の紛糾から陸軍大将の軍服をぬぎ、明治新政府と決別し、故郷の鹿児島へ去ったときに、
「西郷」な、思いきりが早すぎて困る、困る」
と、大久保利通が、
「ありゃ、若いころ禅をやっていた影響じゃ。いつもいつも思いきりが早すぎる
 ちょうど傍にいた伊藤博文になげいたという。
 伊藤も、西郷が若いころに禅を学んだことは耳にしていたが、大久保があまりに真剣な表情でこのことへふれたものだから、少々以外におもい、
「西郷さんにとって、禅がそれほどに?」
 問い返すや、大久保は何度もうなずき、
「西郷な、情操のはげしい、豊潤な男だけに、十六,七のころにまなんだものの中でも、禅が最も強(きつ)く、あの巨(おお)きな躰の中へしみこんどるのだ」
 と、いった。”(池波正太郎著「西郷隆盛」より)

西郷は十七歳から二十八歳までの間、一日も怠ることなく、誓光寺の無三住職に参禅していたそうだ。薩摩藩の独特の教育制度「郷中教育」というものがあるが、郷中教育の根幹はいわゆる文武両道。西郷の青春時代は示現流と学業(論語等)、そして坐禅の日々だったのだろう。 「西郷どんは、禅に学んで禅に倒れた」 と、大久保利通に言わしめている。

世間での西郷の評価は実に難しい。歴史上でもわからない人物ベスト3に入るのではなかろうか。そんな西郷の人柄を知りたいのならば、禅を習ったほうが早いような気がしないでもない。

 
自分も昔から自己顕示欲がない人間を目標にしていた。道を歩むと「私の」や「私が」が鳴りを潜めてくると思うのだがtwitterやブログでぼやいているようではまだまだ先は長いように思われる。

 

新版 南洲翁遺訓 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫)
 

  

西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

 

 

西郷隆盛『南洲翁遺訓』2018年1月 (100分 de 名著)

西郷隆盛『南洲翁遺訓』2018年1月 (100分 de 名著)

 

 

西郷隆盛 新装版 (角川文庫)

西郷隆盛 新装版 (角川文庫)