気づきのブログ

坐禅、瞑想、仏教について書いてました。H30年6月で当ブログ終了しました。今後は当時の手記のみ更新予定です。

提唱集⑮

万法ともに我にあらざる時節がないと、そういうこと(まどいなく、さとりなく、諸仏なく、衆生なく、生なく、滅なし)にならない。

万法ともに我にあらざる時節ということはですね、ここに私がいてですよ、ここにお互い自分というものを認めていて、そうしながら諸法というものを対象としている間は、まだ駄目だということ。自分がここにいて、そして対象物として万法というもの、諸仏というものを眺めて、間違いないと見ている間はどうしようもないんです。決定はしないんです。理解があるように見えていても二人連れなんですね。(井上貫道老師 正法眼蔵 現成公案提唱録″げんにーび″ より)